オレのこんかつ

これまでに経験した困ったことと、その解決法らしきもののまとめ。あと読んだ本。

変わっていくものと残るもの

 去年に引き続いて、若くして亡くなられた友人のご両親にお会いしてきました。ちょうど盆だったため、お母さまからは「こっちに帰ってきているときに会いに来てくれて・・・」と歓待していただきました。昨年と同様、お仏壇の友人にお参りしたあと、お母さまに頂いたお茶とお茶菓子を楽しみながら、お父様から昔のことや近況を伺いました。

 仕事(接待)で覚えたゴルフを半引退した今も続けていて、お会いした前の日も18ホール回ってきたこと(体の健康によさそう)、麻雀もたまにすること(アタマの健康によさそう)。現役の頃は、会社では営業の仕事だったため、一年365日のうち250日は飲みに行き、土日はゴルフで、亡くなった友人を含むお子さんたちと触れ合う機会がとても少なかったこと。ただ、お父さまが子供の頃は、子が親に遊んでもらうようせがむような文化はなく、お父さまが子を持つ頃に親子(父子)コミュニケーションなどが急に言われ始めたそうで、触れ合う機会が少ないというのはとくに珍しいことではなかったこと。
 お父さまが働き始めた頃は、一年で給料が五割増とかに増えていく時代だったこと。その分、お子さんが亡くなられたあと遺品の中の(労働)契約書を見て、給料の少なさ、福利厚生の乏しさ、昇給のなさに驚いたこと。返済が終わってない奨学金の証書が3つも出てきて震えたこと(いくつかは、事情を伝えると返済免除になったそうです)。給与と奨学金については、昨今のアカデミア業界の問題点を凝縮したような話で、私はただ頷くくらいしかできませんでした。昼夜もなく休日も返上して、実験動物の解析や世話にあけくれる我が子に何もしてやれなかったこと。 などなど伺いました。

 昨年も昼をごちそうになりましたが、今年も「おいしいスパゲティ屋さんがあるんで行こう」とお父さま運転の車で近くのお店に連れて行っていただきました。そのお店には週一くらいのペースでご夫婦で通っているそうで、おすすめのランチコースを頂きました。友人が亡くなって2年以上経ち、正直なところ私の記憶もディテイルを失い始めており、友人が生前味わったであろう苦労・鬱屈を慮りながら私の研究に関わる四方山話や研究する上でのつらさ悲しさなどをお伝えしました。お母さまからは、「我が子と同じ世代の人から、日ごろ知ることのない話を聞けて、自分の子供と話しているように楽しかった」と言っていただきました。伺う前は、どういう話をすればいいのか迷うところもあったのですが、お会いしてよかったな、と感じました。

 スパゲティ屋さんからの帰り道、お母さまがふと「子どもががんばってがんばって取り組んだことも、死んでしまったらなくなってしまう」とおっしゃったので、とっさに「研究の場合は、どんなことでも、行ったことはずっと残ります。それが研究のいいところだと思います」とお伝えしたら安心されたようでした。 ただ、例えば自分が行ってきた(いる)ことも本当に残っていくものなのか、と自問した場合、自信を持って肯定することはできず、その場限りのなぐさめとのそしりは免れない、とあとで思いました。

 今年も昨年と同じく、ご両親の心の平穏を祈りながら帰宅し、その数日後には自分の老いた両親の住む実家に向かったのでした。