冬来たりなば春とうがらし

これまでに経験した困ったことと、その解決法らしきもののまとめ。あと読んだ本。

平成にあった「昭和の大学」の墓標 6 夢 with you

 私が大学に入った頃にはもう退官されていた森毅先生(亡くなられましたが・・)は、答案用紙を紙飛行機にしてよく飛んだものが点数が高かったとか、数学の試験が「カレーの美味しい作り方」だったとかの伝説がありました。私もそのレベルではないですが、いかにも昭和なプチ伝説をいくつか体験することができました。それらを紹介しようと思いますが、今の諸ルールやコンプライアンス的なことを考えると引っかかるところについては、全て「フィクション」ということにします。
 もう一度書きますが、今回の内容はフィクションです。

 

一般教養科目
1 1000人乗っても大丈夫
 このシリーズの3回目に書きましたが、私が学生だった頃の京都大学は、多くのコマを自由に好きな授業で登録することができました。そして、結構な数の学生(含私)が単位認定の甘さ(だけ)を求めて登録しようとするので、「人気授業」は大変な登録希望者数になってました。その場合の対処は、全員受け入れるか、初回授業で抽選するかでした。私の知る限りでは、少なくとも2つの授業がそれぞれ1000人以上の登録者を全員受け入れていました。もちろん1000人入る講義室はありませんでしたので、登録者の大多数は一度も授業に行くことなく、レポートだけを提出します。そのレポートは「これを書けば必ず合格する」という内容(呪文)が口コミで知られており、それを書いて提出した学生が多かった(ほとんど)と思われます。大量のレポートをどのように確認・採点していたのかについては、想像はできますが書くのは控えておきます。

2 大抽選大会
 私が2回生になったときに、英語のD先生は必ず単位をくれるという情報をゲットして、その授業に登録希望を出しました。例年は500人位の希望者に対して、大講義室でじゃんけん大会をして100人程度まで絞っていたようでしたが、その年はパソコンを使った授業をするため、50人程度しか受け入れができず、登録希望のために提出したカードを使って大抽選大会が行われました。旧教養部で一番大きな講義室が希望者でギッシリになり、抽選大会が始まりました。「学籍番号xxxの〇〇さん、前に来てください」「ウオオオオー!(ガッツポーズ)(まわりは拍手)」みたいな謎の盛り上がりの一大イベントとなりました。倍率10倍以上の厳しさでしたが、私は運良く30人目くらいに当選し、とっても嬉しかった記憶があります。おもしろいことに、抽選(かじゃんけん)になるのがわかっているにもかかわらず、初回の授業にすら来ない人がけっこういまして、その人達は、名前が読み上げられても当選無効になっていました。

3 前半後半制
 これも2回生のときですが、ドイツ語はK先生の授業がもっとも単位を取りやすいと聞いて、即座に登録希望を出しました。初回授業に200人位集まったので、抽選かと思われて緊張感が教室に満ちましたが、K先生は「抽選にするのもかわいそうなので、半分に分けることにします」と言われて、一コマ90分を45分ずつに分けて半分ずつの人数で授業することになりました。その瞬間、満員の教室が興奮のるつぼに・・・ その授業は一限でしたので、6割くらいの人が後半を希望して、先に帰っていきました。私は朝に弱かったにもかかわらず、なんとなく前半組として教室に残っていました。そうするとK先生は「早い方を選んでくれた人たちにはサービスとして、前半は30分授業とします」と言われて、前半は一限の15分遅れで授業開始で30分で終わることになりました。
 この寛大な処置に感動して、一限の授業では唯一半分くらい出席したと思います。K先生はサッカー大好きでしたので、授業中にワールドカップの勝敗予想があり、予想的中すると点数アップとかいろいろあって楽しかったです。


専門科目編
4 はくしはやめて〜
 理学部の専門科目では「xxxx」という授業が一番甘く、とにかくテスト受けたら単位が出る、と聞いて、試験だけ受けに行きました。理学部の一番大きな「犬講義室」(入り口の大講義室という札に落書きされて大が犬になってたので、みんな「犬」と呼んでました)に行くと学生で満員になっており、先生と補助の(たぶん)大学院生が頑張って解答用紙を全員に配っていました。試験開始前にその先生は「白紙だと点数をつけられませんので、とにかくなにか書いてください!!」と注意をしていました。試験時間は90分位だったと思いますが、私を含む多くの学生は「なにか」を書いて早々に退室していったのでした。

5 ノーベル賞
 私が卒業後にノーベル賞を受賞された某先生が担当の「物理数学」はレポートを出せば確実に単位が出ることで知られていました。授業期間が終わると某先生のオフィスの扉に印刷されたレポートの問題が置かれていました。その問題は4問くらいから1問選択して解答するようになっており、一問を除いては(おそらく)物理数学の難問で私なんぞにはなんのこっちゃでしたが、最終問題は「物理数学について思うところを述べよ」のような答えやすい問題で、私もこの問題に「解答」して提出しました。 某先生はノーベル賞受賞後のインタビューで、バカな学生のレポートを読む時間は研究時間の浪費になるので読まずに単位認定だけしていた(大意)、と答えておられたので、私のレポートもそういう感じに処置されたのだと思います。ここでいう「バカ」というのは才能の話ではなく、努力をしていない、という意味かと思います。

6 笑うための才能
 大学入った頃にとある先輩に「せっかく理学部に入ったんだから、佐藤文隆先生の宇宙物理の講義は受けておくべきだよ〜」と言われて、一度授業に行ったことがあります。大変な人気講義で犬講義室がほぼ満員の120人くらいが受講していたと思います。難解な数式の展開が続く授業でしたが、途中で佐藤先生が「これはおもしろいですね〜フフフ」と笑われました。120人中最前列の5人位が同じタイミングで笑っており、次にその後ろの10人位が遅れて笑っていました。その他の100人(含私)は何がおもしろいのか全くわからず、「・・・」といった感じでした。スゴイところに来てしまったと、感銘を受けて帰ったのを覚えています。

7 集中力の限界
 これは私が専門課程に進んだ3回生の時の話ですが、地質学の名物教授だったS先生の授業を受けに行きました。その授業は一限で眠い目をこすりながら出席したのですが、初回の授業はS先生が「私は集中力が60分しか持たないので、次回から15分遅く始めて15分早く終わります(一コマ90分なので)」と言われて、数分で終わりました。 実際、2回目以降は60分授業だったのですが、進化と地質と分子の話などを絡めた講義はとても楽しかったですね。

 

 最後にもう一度書きますが、以上の話はフィクションです。