冬来たりなば春とうがらし

これまでに経験した困ったことと、その解決法らしきもののまとめ。あと読んだ本。

令和に「大人」を育てる、とは

めっちゃ久しぶりのブログ投稿です。

研究所から大学に移って3年半くらい経ちました。前職は、基本大人ばかりの環境で、他人を育てるというよりは自分がいかに育つか、ということを考えるところでした(間違っているかもしれません)。対して現職は、「大人」から大人になろうとしている大学生・大学院生を「育てる」ことが(少なくとも建前としては)第一の業務(責務)となっています。とは言っても誰かが「育て方」を教えてくれるわけでもないので、自分が育てられたやり方とかを参考にさぐりさぐりやっていく感じです。3年半探った途中報告をまとめてみました。以下、現職に近い環境(教育と研究を両立することが求められる、大規模非指定国立大学の理系学部・大学院における学生に対する研究指導)を想定しています。

 

1 「育てる」なんてできない

いきなり前提を全否定するタイトルをつけました。昔も今も大学は大人になる過程のモラトリアム期間(機関)だと思いますが、研究を始める頃ともなれば20歳も超えていますので、自我は確立されています。もちろん可塑性はまだまだ備えていると思いますが、他人が介入して半強制的に「キャラ変」させることは不可能でしょう。かつて(平成中盤くらいまで)は「オレのいうことが聞けないというのか」的な、脅しによる指導もできたのかもしれませんが、令和の今日ではそのやりかたは固く禁止されています。つまり就職氷河期世代の我々(誰?)には、自分が学生の時に受けた指導方法を、自分が指導する側になった時にそのまま適用すると「アウト」になるというトラップが待っています。もちろんアウトかセーフかなんて関係なく、脅しによって他人の行動をコントロールすること自体に(長期的にみて)生産性があるのか、という問い・疑いもあるでしょう。

というわけで、半強制的に他人に介入する指導はルール上・倫理的にできない、とするとどうすればいいのでしょうか。もしカリスマ性があれば「ほれてもらう」「信者にする」というやり方もあるかもしれませんが、私を含め普通の人にはこのアプローチは無理です。どうしましょう。

私が3年半ほど探って思ったのは、指導する側にできることは、もの・環境・考え方などを提供すること(だけ)ではないかということです。提供された(「育てられる」)人が、意欲・気まぐれ・同情心で提供されたブツを受け入れた場合、ある確率で育つ(またある確率で退行する)。つまり、他人が育てることなんてできなくて、本人が育つことがほぼ唯一の道ではないかと思っています。なにを提供されても、本人が(理由はなんであれ)それらを受け入れない場合は、何も変わらないか自分の内部から湧き上がってきた何かによって自己変革が起きるかのどちらかしかないと思っています。

 

2 比喩表現

いいたいことを比喩で表現します。「指導者」ができることは、手持ちの材料からいろいろな料理を作って、「指導される人」の周りに置きます。これだけが指導者のできることじゃないかなと思っています。指導される人は、意欲・気まぐれ・同情心などのモチベで、周りに置かれた料理のうちいくつかを食べます。その料理が自分に合っていたら成長しますが、合っていないと食あたりを起こします(このことを大学では「ミスマッチ」と呼んでいます)。周りに置かれた料理を一切食べない場合は、何も起こりません。つまり成長する可能性のある行動をとる(あるいはとらない)のは、指導される側の意志によるのであり、指導者の意向ではないと思っています。もちろん指導者の多くはせっかく作った料理をぜひ食べてほしいなあ、とは思っているでしょうが・・。また、どんなにステキな料理でも、指導者が指導される人の口を無理やり開けて詰め込んた場合は、きっとおいしく思わないし高い確率で消化不良を起こすでしょう(ルール上も禁止されています)。

 

3 できること

おいしそうな料理をたくさんの種類作ることができる人は、きっといい指導者になれるのでしょうが、私を含めた普通の人にはなかなか難しいです。なので、できることとしては手持ちの材料と自分の調理テクを駆使してとにかくたくさんの種類の料理を作って、指導される人の周りに置いてみて、食べてくれるのをじっと待つことだけなのかなあ、と思う今日このごろです。

それでも何も食べてくれない、あるいは食べた後具合悪そうにしている場合はどうするか? それについては現在研究中です・・・

 

釣られてみた

この記事が評判(?)になっている(?)

anond.hatelabo.jp基本、ある学生(同じような考えの人は、世の中にわりといると思います)のお気持ちが、それを補強するロジックとともに述べられているので、それはそれでええかなと思うのですが、せっかくなので釣られてみます。

 

1 自分がやりたくないことに「大きな」ロジックを持ってきて反駁する

 たぶん件の記事を書いた人は、けっこういいこと言ったなと自己評価してると思いますが、自分のやりたくないことについて、「やりたくない」と言うだけだと子どもじみてるので、デカ目の(より上の階層の)ロジックを持ってきて反論するというのは別に珍しくないパターンかと思います。例えば、夏休みの宿題をやりたくない小学生が、「夏休みに家で勉強させる学校のシステム(ひいては日本社会)がおかしい!」というような類の延長線上かと思います。

 

2 「学生の幸せ」

 記事の最後は、「大学の教授は勘違いを改め、自身のエゴで学生の幸せを奪わないでほしい。」で締められています。大学は学生の幸せを提供するところではない、というマジレスはおいときましょう。上述したような、自分があることをやりたくない、ということを正当化するために大きなロジックを持ってくるやり方を続けて、将来「幸せ」になれるのかはよくわからないです(皮肉ではなく本当にわからない)。追記のところに、「時価総額3300億越えw」の企業から内定をもらったとあるので、そういう大きな組織で働く(活躍する)上で、自分がある事柄をやりたくないということを「大きな」ロジックで正当化するやり方が通用するのがぜひ試してみてほしいな、と思います。

昨今の大学教員(目的語デカイ)に求められる能力

 数年ぶりに大学に職場を移して1年半ほど経ちました。その間、教育・研究・どちらにもほとんど関係ない業務群などを経験し、いろいろ感じることがありました。ここ20年ほどアカデミアのジョブマーケットがわりと(いやかなり)タイトなのもあり、SNS等では「アカデミア職ゲットテク10選」みたいな話題が定期的に出てきます(?)が、ご多分にもれず本ブログでも、どういう人が大学教員として求められているのかについて私見を述べたいと思います。人生いろいろ、大学もいろいろ、ですので、国立の「普通の」総合大学をターゲットとしますが、おそらく他の大学でも事情は大きくは変わらないのではないかと推測します。

 

1 まず一般的イメージの確認
 多くの人(研究業界にいる人も)は、大学教員として採用される(されやすい)人として、「研究業績が優れた人」「わかりやすい・ためになる講義をできる人」というイメージを持っていると思います。実際、人事公募の応募書類のほぼ全てに研究業績を書く欄があり、教授や准教授の公募では担当科目リストなどを書く必要があることも多いです。なので、最初に挙げた一般イメージというのは全くその通りではあるのですが、他のファクターもあるのではないかと思う今日このごろでして、そういうのを以下に述べたいと思います。

 

2 ルーチンワーク耐性
 一般に研究というのはクリエイティブな仕事、ゼロからイチを生み出す仕事、と考えられていると思います。実際には、研究のけっこうな部分がルーチンワークだったりするわけですが、大学の業務(行政業務・管理業務)はより一層ルーチンワーク感が濃いと思います。さらにややこしいことに、業務におけるルーチンワークには、大学ごと部局ごとに「お作法」があり、各々のルーチンワークを作法に沿って粛々と進めていくことが求められます。「こんな代わり映えのない仕事を伝統芸能みたいにこなすなんて、やってらんねーぜ」みたいな人は、大学で働くとメンタル面でキツくなると思います。

 

3 思ったことをそのまま言わない
 大学だと学部生・卒研生・大学院生などいろいろな学生と接する機会があります。今も昔も大学生は大人と子供の間のモラトリアム期間ですが、昨今のご時世もあり、教員が思ったことをそのままストレートに(完全な大人ではない)学生にぶつけると、けっこうな確率で学生の気持ち・プライドを折ってしまいます。折られた側は、萎れてしまったり、怒りを表出することになり、それを収拾するために往々にして多くの人のエネルギーを浪費することになります。教員側にも言いたいことはいろいろあるわけですが、第三者から見るとやはり学生より教員のほうが「上」の立場にある(見える)以上、教員がなにを言ってなにを言わないかを時間をかけて吟味するべきでしょう。多くの現代的大学教員は、言いたいことのおおよそ1/10程度を表現を選んだ上で学生に伝えていると思われます(当社調べ)。いつもニコニコしているおじいちゃんおばあちゃん先生も、その姿をある種の処世術と思うと見え方が変わってくるかもしれません。

 

4 否定・拒否から入らない
 項目3とも関連しますが、大学教員生活においては、上から横から下からいろいろなお願い・要請がポコポコ入ってきます。それなりの量なら適度にこなせばいいだけですが、あんまりな量・質になると、無差別にバッサリ切りたくなる気持ちになるかもしれません。ですが、お願い・要請する方にも相応の事情があるわけでして、話をざっと聞いたときに頭に血がのぼるような案件であっても、一度はそのまま受け止めた上で、頭を冷やしてからもう一度検討して、どう対応するか決めるくらいの慎重さ(ある種の愚鈍さ)が必要かと思います。

 

5 チームワーク力
 現代は多くの研究分野において以前よりも大規模チームを組んで、一つの研究テーマに取り組むことが多くなっており、その際はチームを組む力やチームをリードする力などが試されるわけですが、ここで書いている「チームワーク力」はそういうスキルではありません。今の時代でも、研究テーマを絞れば、単一の研究室・チームで論文の形まで研究を進めることは不可能ではなく、そうすると研究遂行においてはラボ内の交通整理さえすればOK、ということになります。その一方で、項目2で述べたようなルーチンワークのけっこうな割合が、複数人でチームを組んで取り組む仕事でして、そうすると研究室内で仕事が閉じる、ということにはなりません。さらに、チームのメンバーはどこかで天下り的に決められていることが多いので、メンバー構成に応じて自らの「役割」を変える必要があるでしょう。そういう役割を適度にあわせてチームを円滑にする「チームワーク力」が大事そうです。ある時はアクセル役、ある時はブレーキ役、ある時はオピニオンリーダー、ある時は「空気」、ある時はアイデアマン、ある時は聞き役に徹するといった感じです。また、とんでもなく力の入らないxxな業務であっても、それを顔色変えずにパパっとうっちゃるポーカーフェイス力も大事だと思います。

 

6 一猿
 一般には「見ざる・言わざる・聞かざる」を三ざる、というかと思います。ここで言う一猿、というのは「見る・聞く・言わざる」というものです。大学教員をすると、本当にいろいろなもの・ひと・ことを見たり聞いたり、見させられたり聞かされたりします。これらは、今後の参考にするために覚えておくのがいいのかもしれません。ですが、見たこと聞いたことを他人に言ってなんかいいことが起きることはほぼありませんので、ひたすらココロに留めることになります。そういうのが溜まってくると、メンタルを腐食することもありますが、あきらめて心のなかで腐葉土になるまでひたすら待ちましょう。あと、学生同士で楽しそうに喋っているのを見て・聞いて、教員が会話に割り込むと、ほぼ100パー嫌われますので自重しましょう。

 

7 そういう人間をちゃんと選考できているのか
 項目2から6まで、昨今の大学教員に求められそうな(?)能力を列挙しましたが、人事選考においてどうやってこれらのスキルを持っているか判断している(もしくは判断していない)のでしょうか。個人的には、これらのスキルについて数十分〜数時間の人事面接で見極められるとは思えません(少なくともわたしにはムリです)。なのでおそらく、このようなスキルを「持っていそう、持てるように成長できそう」な人を(研究業績などを考慮した上で)選んでるんじゃないのかなあ、と思っています。

大学生生活のコスパ追求FAQ

今の大学生は親から充分な仕送りがもらうのが難しく、かといって20年前の大学生みたいにバイトで生活費を稼ぐのも難しい(授業をちゃんと受ける必要があるため)という状況にありがちです。とはいっても、食費や教科書代やなんやかやと出費がかさんでどうすりゃいいんだ、と思っている人もいると思います。そんな人のために、出費と拘束時間を最小限に抑えるワザをまとめておきます。

 

1 食費を抑える

サンディかラ・ムーのそばに住もう!

2 教科書代を抑える

図書館を活用しまくる! 直近の図書館にない(貸出中)本でも、他学部や他大学の図書館から取り寄せてくれたりします。今は蔵書もネット(OPAC)で調べられるので便利ですね。

3 勉強のやり方がわからない・コスパをあげたい

高校までは、勉強した結果が定期試験や模試などでの「点数」として明確に出るので、到達度の把握ができたけど、大学に入ると授業内容が理解できてるのかできてないのかわからん、という人がいると思います。また、講義やバイトやサークル・部活、人付き合いで時間が取れないので、短時間で勉強を済ませたい人も多いかもしれません。そういう人のために、コスパのよい勉強方法を2つ紹介(両方とも昔から知られた方法ですが)。

 3−1 人に教える

家庭教師とか塾講師をするとよく分かると思いますが(私は両方ともやったことありません)、「自分のわかってないことを人に教えることはできない」という鉄則があります。そんなん当たり前やん、と思うでしょうが、自分の中ではわかった気になってるけどそうじゃないことはたくさんあったりします。なので、他人に教えたり、人に教える「フリ」をすることで、自分が何がわかっていて、何がわかっていないのかを客観的にとらえることができます。で、わかってないことを重点的に、教科書・ノート・ネットなどを駆使して効率よく復習するとコスパいいと思います。もし他人に教えている時に、説明できない(わかっていない)事が出てきたら、素直に「ここはわからんわ」と言いましょう。

 3−2 「カンペ」を作る

大学でもどこでもカンニングは厳禁ですが、カンニングペーパーを作ること自体は、非常にいい勉強になると思います。たとえば大学の定期試験の前に、それまでに学習したことをA4一枚とか二枚とかにまとめる、図示するとかをすると、人に教える場合と同様、何がわかっていて何が頭に入っていないのかを知ることができます。で、カンニングペーパーは自分が「弱い」ところをまとめようとするはずなので、弱いところの穴埋めができたり、弱いところをより明確に捉えることができると思います。よく言われることですが、「いい」カンニングペーパーを作っておけば、カンニングなんかしなくても大学の試験でいい点数がきっと取れると思います[要出典]。繰り返しですが、カンニング自体はしないように。下手したら(しなくても)留年確定とかになります。

 

他にも思いついたら加筆します。

 

「昭和の大学」を出た男のその後

1 大学を出て大学院へ

私たちの世代のアカデミア研究者は、色気づいてから好景気を知らないまま1990年代後半に大学に入学し、古きよき(あるいは古きわろき)大学生活を送ったかなり最後の方の世代でした。私も含めて、学部生活を堪能した後は、大学院重点化が完了した大学院に(重点化前とは大きく異なり)それほど熾烈な競争もなしになんとなく進めた人が多いと思います。
大学院では(能力不足・努力不足のため)相応に苦労し、なんとか学位を取る頃にはポスドク一万人計画の「次」が頓挫しており、なかなかの五里霧中感がありました。五里霧中とは思いつつも、若気の至りで「オレだけはなんとかなるやろ〜」と内心ほくそえみながらアカデミア研究者生活に突入し、結果厚い壁に何度もぶち当たることになったわけです。

 

2 ポスドク→公募

ポスドク生活も数年経過し、そろそろ助教のポストでも、とか考えてJREC-INなどをながめ始めた頃には助教職の多くが任期付きになっており、なんだかな〜と思いつつも任期付きのポストの公募にも(気後れして)応募するに及ばなかったり、応募してもダメだったりしました。アカデミアのポストが枯渇しているのは、大学院生の頃からわかっていた(はず)ので(その後状況はさらに悪化してましたが)、自己責任といえばその通りかと思います。とはいっても客観的に見てもあんまり恵まれない世代だったと思いますが、一つ(だけ?)良かったこともあります。

 

3 掟

私の世代の一つ前の世代くらいまでは、「助手(今の助教)に35までになれなかったら試合終了ですよ」という(暗黙の?)掟があり、当時は(助手の)公募文面にも明確に「35歳まで」と記されたものが多かったと思います。アカデミアポストの枯渇とともに、毎年増える自分の年齢と「35の掟」の間で苦しんだ人も多かったのではないかと想像します。ところが私が35になる頃には、多くの(エラい)人がポストの枯渇具合を理解しており、分野にもよりますが35を超えてから助教になる(応募する)ことにそれほどの苦しさはなかったと思います。ちなみに私は36で助教になりました。

 

4 氷河期から守旧派

その後時代は流れ、非常な幸運に恵まれ、自分が望んだような職につくことになりました。私自身は今でも抑圧された研究者の仲間だと自己認識していますが、実際の若手世代から見たらただの体制側の旧人類でしょう。いま多少なりとも客観的に、日本のアカデミアジョブマーケットや諸々の支援制度などを見ると、若手(35まで・38まで・42まで、の3レンジくらいがある気がします)をなんとかもり立てていこうとする仕組みがそこそこあると思います(若手から見ると全く不十分だと感じるでしょうけど)。いろいろ批判もあるようですが、私はもっと拡充していってほしいと思っています。
ただ、若手支援策が拡充していくにつれ、その支援レンジから外れた人たちが割を食うようなことにならないかはとても気になります。私自身が、前世代の「35の掟」のレンジから外れて、世が世なら試合終了してた可能性も十分あったにもかかわらず、時代の(意識の)変化のおかげでなんとか助かった(のかわかりませんが・・)からそう思うのかもしれません。若手支援策の他にも、種々のアファーマティブアクション的な施策も動いていると思いますが、その施策の「ストライクゾーン」に入っている間はいいけど、外れた瞬間に崖から突き落とされすようなことになってないか、ずっと心配に思っています。こんなことを思うこと自体が、「体制側の旧人類」の証ではないか、と言われたらその通りだと思います。

ラボ作りなば

 前回のブログを書いたのが2019年9月ですので、おおよそ1年半ぶりの記事となります。この間に世の中は恐ろしいくらいに変化し、その変化がこれからどのような方向に向かうのか見当もつかない状況ですが、社会状況とはあんまり関係ない理由で私個人の環境も大きく変わることになりました。
 昨年の中頃まで、研究所に勤務していたのですが国立大学に異動して自分の研究室を持つことになりました。立場が大きく変わることになる上、研究所→大学の異動ですので、仕事の内容も大きく変わることになりました。以前は基本ひたすら自分の研究を進めることに注力していたのですが、今は学生さんの教育を第一に務めた上で、研究(研究も教育の一環としての側面もありますが)を学生さんが主役となって進めていくことになります。また大学の運営に関わる仕事も少しずつ務めることとなりました(なりそうです)。

 さて今回の記事では、研究室づくりについて少し書こうと思います。まあ実験系の生物学のラボを作る感じの話です。

 

1 まずはキホン
 現職に採用が決まった時点で、数年前に定年退職された先生が使われていた跡地に入居(?)することを教えていただきました。たまに聞く話では、前任者がナゾの試薬類などを放置したまま退職or異動し、後任者が処分にスーパー困るということがあるのですが、私の場合は試薬類はすべて撤去されており、いくつかの物品類を撤去するだけで済みました。研究所や予算が潤沢な(ごく少数の)大学ですと、新任の人が来る場合、希望に応じて研究室の改装やベンチの新規設置を(機関の予算で)してくれたりするのですが、私の場合はそういうことはなく、ベンチや流しなどは前任の先生の使われてたものをそのまま受け継ぐ感じでした。「受け継ぐ」感じで研究室を作る場合、電源の数と容量(100V/200V, アンペア数など)が大事になるのですが、前任の先生がたくさん電源を設置しておりましたので、大学から措置していただいた予算で、100V/30Aの電源を1つ、200V/30Aの電源を1つに加えて、クリーンベンチ・安全キャビネット用のガス口を2箇所新規設置するだけで済みました。あとは、私には不要な流しが2箇所あり、スペースを圧迫していたので、それらを撤去しました。

 

2 前職からの物品移設
 私は前職でそこそこ多めの機器類を持っておりまして、それらをすべて現職に移設することにしました。研究所→大学の異動の場合、往々にして大学のスペースが限られているためにすべての機器類が物理的に移設できないなどの悲劇が起こったりしますが、私の場合はそういうことはなく、すべての機器類を移設できるスペースを確保できました。パソコン上で機器類の設置場所などをあれこれ算段するのはパズル的な要素もあり楽しかったですね。機器類が多いのは研究室立ち上げの面では極めて有利なのですが、移設費用はどうしても高額になります。私の場合、機器類移設とメーカーによる遠心機などの動作確認などを含めると、ミニバンが買えるくらいの金額になりました。本州内の移設でこれでしたので、遠距離になるともっとかかるかと思います。いくつかの計測機器は、メーカー保証が受けられないかたちで、普通の機器類と同じレベルの扱いで輸送することを余儀なくされました(予算の都合)。結果的に輸送中に壊れたりはしなかったのでよかったです。こういうことを考えると、たとえば今非独立ポストで将来的な独立を考えている人の場合、獲得予算を使って比較的小型の研究機器(サーマルサイクラーやDNA定量用の分光器など)をコツコツ買いためておくと、「いざ鎌倉」のときにスムーズかもしれません。大型のシェーカーや除振台の移設費用はけっこう(かなり)します。
 備品の移設に際しては、大学(とくに私立の場合)から異動先への移設をなんとかして止めようとする動きがあったりしますが、私の場合は前職が研究所で、研究所としてはスペースを空にして出ていってほしいという意向(フインキ)があり、手続自体は非常にスムーズでした。ただ一生懸命備品リストを作って、煩雑な手続きを進めて現職に移設した挙句、現職では減価償却などを考慮するとほとんどの機器が備品扱いではなくなったため、ほとんどの書類仕事が結果的に意味なしだったのは脱力感ありました。
 あと、物品移設については一般に、前職の予算を使うことはできず(前職のために行う作業じゃないので当然といえば当然ですが)、科研費で移設費用を出すのも極めて困難ですので、移設費用をどういうかたちでどこから支出するのかというのは様々なスキルが試されるところではあります。

 

3 新規の物品購入
 上述したように、前職で使っていた機器類は基本的にすべて移設できましたので、どうしてもこれがないと研究できない、というレベルの必要不可欠な機器はありませんでした。ですが、超純水装置については、毎回学生実習室に水を取りに行くのは面倒でしたので、新規購入することにしました。私の場合、それほどたくさんの水を使うわけではありませんので、小型の装置を購入することでコスト削減を図りました。小型にしておくと、定期的なメンテナンスに必要な消耗品類の費用も抑えられるという効果もあったりします。あとは小型の遠心機を一台購入しました。研究所ですと基本「プロ」が仕事をするので機器類のトラブルというのはあんまりないのですが、大学だとどうしてもアマチュアというか初心者が実験することも多いですので、同スペックの遠心機をできるだけ2系統確保するというポリシーで、予算を勘案しながら、遠心機一台新規購入しました。やっぱり新しい機器というのはいいものです。

 機器購入の予算が十分確保できない場合は、学生実習室の機器や周りのラボにある機器、死蔵機器類などを事前に確認し、それらの管理者の人とうまく話をつけて使わせてもらえるようにするのが一番いいと思います。もちろん逆の立場になったときは、積極的に協力するべきでしょう。

 

4 暗室の設置
 私の研究内容上、研究室に暗室がどうしても必要なのですが、現職ではありがたいことに研究室にもとから一つ暗室が設置されていました。私一人で研究する場合はこれでよかったのですが、将来的にラボメンバーが増える可能性を考えてもう一つ暗室を設置することにしました。研究室内に小部屋みたいなものを作りますので、消防法などのルールを遵守し、学内の手続きなどを経て、設置場所をいったん空けて、業者さんに工事してもらうことになります。立派な部屋を作ると費用も相応ですので、契約手続きなどに時間がかかったりします。もちろん手続きや工事を進める前に、部屋の設置場所やサイズを考えておく必要もあります。暗室に限らず小部屋を作る場合は、火災報知器・換気・エアコン・部屋の明かりなどをちゃんと考える必要があり、その手の工事に慣れた業者さんと話を進めるほうがいいと思います。こういう工事の場合、あんまり予算をケチろうとせず、必要なところに十分予算をかけたほうが長い目で見るといいんじゃないかな、と思ったりします。

 

 現場からは以上です。

平成にあった「昭和の大学」の墓標 9 完結編 実習と挫折

 待っている人いないと思いますが、長らく続けてきたこのシリーズも完結編ということで。前回は(あくまでそれまでと比べたら、ですが)マジメに授業行き始めた3回生時の話を書きました。今回も同じく3回生のときに(たしか)月〜木の午後にあった生物学実習でのできごととそこで味わったしょぼい挫折のことを書いて終わりにします。
 上述のように週4回くらい実習があったのですが、それまでほぼ全く大学に行ってなかったため、毎日学校に行くことだけで大変苦痛で、辛かったのを覚えています。それはさておき、この実習は毎月(各研究室提供の)5テーマくらいから1つを選んで受講するというしくみになっておりまして、自分の興味のある分野を体験できる(そして適性をそれなりに判断できる)のでいいシステムだったと思います。もちろんテーマごとに「難易度」は大きく異なり、前回紹介した「鬼」先生の研究室の実習は毎日午後11時くらいまでつづくとのウワサでしたので、0.1秒で選択するのやめました。一年かけてたしか5−6テーマを受講したと思いますが、そのうちのいくつかでのイベントを記したいと思います。

 

1 嵐山でのニホンザル観察
 もともとサル学に興味があったこともあり、サルの行動観察は実習が始まる前から楽しみにしてました。午前の講義が終わると(あんまり行ってませんでしたが・・・)、バスと電車で嵐山に移動して、嵐山のモンキーパークで観察することになっておりました。ちょうど着く時間くらいにエサやりがあるので、そのときに集まるサルから観察対象のサルを見つけることになっていました。が、たまに遅刻(寝坊)して、着いたらエサやりが終わっててサルの群れがバラけてしまい困ったこともありました。また、交通費をケチるために、四条大宮まで自転車で行ったら、サル観察中にチャリが撤去されており、それを取り返すのにバス代の何倍もかかる、みたいな悲しいできごともあったりしました。
 嵐山のサルは個体識別されており、顔に入れ墨が入っているので私みたいなド素人でもわりと簡単に観察対象のサルを見つけることができました。最初の説明で、若いオスの観察が一番難しく(よく動く、エサ場に来ないこと多い)、年寄のメスが一番簡単(あんまり動かない、エサ場にかならず来る)ということだったので、おばあちゃんザルの一匹を追跡することにしました。それでも目線を合わせると威嚇してきたり(慣れてくると威嚇しなくなる)、じゃれてきた赤ちゃんサルをかまったりするのを見るのはとても楽しかったです。たま〜に木に登ったりして観察が難しくなるのも愛嬌でした。

 

2 神経生物学
 当時は(今も?)、脳・神経がとっても人気があったので、流れに乗って取ってみました。実習ではカエルの大腿から神経線維(筋繊維?)を分離してきて、電極を刺して静止膜電位、刺激を与えて活動電位を見るという非常にbasicかつ教育的な内容でした。が、わたしは膜電位のことを全く知らず、また電気生理学の基礎的知識もなかったので、何をしてるのか全くついていけず、優秀な受講者が電極を刺していって電位が発生したときに「おお〜」とか言っている横で内心「???」となっていたのでした。同じようについていけてない学生がもうひとりいることに気づいたので、そいつと仲良くなれたのがいい思い出です。

 

3 野外実習
 京都の北の方の山で、植物と動物の生態を観察するというテーマも取りました。私はなんとなく動物の生態学(行動学)に興味があったのですが、その実習を受けて、動物の生態を理解するためにはその動物のエサとなる植物(多くの動物は植物を食べるので)の分布を知らないといけないことに気づいたのでした。私は植物の種類とかを全く知らず(今もですが)、かといってその時から勉強を始めるのもおっくうだったので、生態学はキビシイなと早々に諦めたのでした。さらにその実習では、二人一組で観察することになっており、パートナーは同じサークルの同級生でした。その同級生は手足がめちゃ長く、私が3歩かかるところを2歩でススっと移動するので、肉体的にはオレには厳しい、とか思いました。
 時は流れ、その同級生はプロの生態学者として某大学の教員になっており、その同級生からの依頼で先日その大学で特別講義をすることになったのはなんとも塞翁が馬なできごとでした。

 

4 イルカビデオ
 生態学のもう一つのテーマは、イルカの生態をずっと観察したビデオ(時代ですねw)を何本か渡されて、ビデオの中で排泄(ウンコ)する時刻をノートに記していく、というものでした。ビデオは家で見るわけですが、まあ学生実習ですので、毎日そこそこ見れば十分終わる程度の長さのビデオでした。が、家にビデオを持ち帰っても当然(?)まったく見なくなるわけで、結局最終日の前日にほぼ徹夜で何時間もイルカの排泄を見続けることになり、だいぶヘロヘロになりました(毎日コツコツ見ておけば問題なかったのですけど・・・。 で、最終日にまとめたデータを担当の先生に提出するときに不遜にも「ビデオが長くて、全部見るの大変でした」とのたまったら、その先生から「終わらんかったら、見たところまででよかったのに」と言われて脱力したのを覚えています。

 

 まあこんな感じで、極小の意欲と努力で実習を受けて、その時の印象から研究室決めて卒業研究したわけですから、牧歌的な時代でした。

ー完ー